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パッチ中の暇潰し

どうもこんにちわビッチです
Maple民俗学講座のお時間です
パッチ中の暇つぶしにどうぞ


今回は巫女の神『アメノウズメ』について書いていくよー
Mapleでは150魔装備の名前についてきます
そんなことはどうでもいい!巫女ですよ巫女!

では早速


あめのうずめのみこと【天鈿女命】
天鈿女命
天宇受賣命とも。
鈿はかんざしの意味で、髪飾りして神祭りをする女神、神憑った女性の神格化とされる。
俳優、芸能、巫女の神。

神話
天照大神が天磐戸に篭ってしまった際、その前で衣装を乱し胸や陰部を露出し、八百万の神の笑いを誘った。この笑い声が気になり天照大神は天磐戸を開くことになる。
天孫降臨の際は瓊瓊杵尊に付き添って天下った。その道中、猿田彦神(さるたひこのみこと)と遭遇その怪異な容貌に他の神が恐れをなし尻込みしている時に「手弱女人にあれども、いむかふ神と面勝つ神(か弱い女ではあるが、敵対する神と相対してもにらみあって勝つことのできる神)」であるとされ、胸をはだけ、笑いながら名を尋ねた。
これで猿田彦神が天津神の先導のために待っていたと知ると、共に瓊瓊杵尊を先導する。その後役目を終えた猿田彦神を鎮座地の伊勢まで送っていき、結婚した。以後猿女と名乗るようになります。

解説
天鈿女命は天照大神が天磐戸に篭ってしまった際、その前で舞い、諸神の笑いを誘って天照大神の気を引いたとされます。そのため天鈿女命は神楽や芸能の神とされています。
そして、この神楽行事を宮中で行ったのが猿女君(さるめのきみ)と呼ばれる女官である。この猿女君の語源は猿田彦神の名を拝領し、猿女と名乗った、というところによります。
日本書紀の一書(あるふみ)では、この段において、まず猿田彦神の異様な容姿という、荒ぶる神としての印象について触れており、それに対して天鈿女命は乳房を露にしあざ笑うと言う、性的所作をもって対面しました。
荒ぶる神というのは天津神に対抗した神に付加されるイメージなので、これは抗しようという猿田彦神を性的所作で鎮めたという意味に取れます。
神楽、女官、鎮め、これらのイメージを持つ天鈿女命は巫女の祖神であるとされます。
柳田國男の「猿女君氏は、代々女をもって相続すべき理由のある家だった」と言う文もそれを裏付けています。


おまけ
天鈿女命の子孫について

ひえだ【稗田】
天津神系の氏姓。
記録に残る最も古い稗田氏についての記述が稗田阿礼(ひえだのあれ)に関するものである。
古事記成立以前、聖徳太子、蘇我馬子らが編纂した「帝記(天皇記)」等の史書が存在していたが、大化の改新の際に焼けてしまったため、伝えるべき国史がなくなってしまっていました。それらは書き写しや口伝などで残ってはいましたが、様々な伝わり方をしたため内容はまちまちで、酷いものになると歴史を改竄せんと虚偽の内容が付け加えられていました。
そのため、正当な国史を編纂しようと作られることになったのが古事記です。その作成の際、国史を暗踊できる人間として選ばれたのが稗田阿礼であり、「帝記」の内容等を完璧に理解し整理して暗踊したというが、この際中に企画者の天武天皇が崩御、一時中断します。しかし、三代下がった元明天皇の際に作業は再開され、稗田阿礼が語ったものを太安万侶(おおのやすまろ)が編纂、記録したものが古事記です。
この稗田阿礼を柳田國男、西郷信綱は天鈿女命の子孫であるとしています。


今回はこれにて終了
巫女についても書きたいけどMapleと全然関係なくね?って言われそう;;
Mapleで出てきたら書きたいです
今回もほとんどMapleと関係ないけど気にしないでください

ではまた~
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